■第29回 「麻薬の原料もある−ケシの仲間」 |
クレープ紙で造ったような薄くて繊細な花を、5月の風に揺らせながら咲くケシは、洋の東西を問わず、古くから人々になじまれてきました。日本でもっともふつうに見かけるケシの仲間はヒナゲシで、もともと中近東が原産ですが、ずっと古い時代にヨーロッパに広がり、第一次大戦の激戦場となって多くの戦死者を出したフランダースの原野一面に咲き乱れていたところから、欧米諸国で戦死者を弔う象徴の花とされるようになり、イギリスでは二度の世界大戦の戦死者を記念するリメンブランス・サンデー(Remembrance Sunday:11月11日直近の日曜日)に人々が赤い造花を身につけるようになった、ということです。中国でも、英雄項羽の寵姫虞美人が自決した後にこの花が咲いたという言い伝えがあって、このことが夏目漱石の小説で有名なヒナゲシの別名「虞美人草」の由来にもなっています。 一方、ケシの仲間のうちの特定の一種としての「ケシ」はよく知られているようにモルヒネの原料で、この麻薬としてのケシも古くからヨーロッパに広がり、ギリシャ神話でも眠りの神ピュプノスの宮殿のまわり一面に咲いていた、とされます。ケシは「眠り」の象徴であり、花言葉は「忘却」となっています。 |
ヒナゲシ(Papaver rhoeas)は欧米でもよくなじまれている一年草で、英名はコーン・ポピー(corn poppy)です。「コーン」というと日本では一般にトウモロコシをイメージしますが、イギリスなどではもっと広く、おもに小麦などの穀物類全体に対して使われるようです。小麦畑の雑草であることからこの名がつけられたということですが、最近ではそれほど多く見られるものではないといいます。現在広く観賞用に栽培されているヒナゲシは19世紀の終りごろに育成されたシャーレー・ポピー(Shirley poppy)という系統がもとになっていて、野生種とはやや違ったものになっています。また、あまり見かけませんが、八重咲きの品種もあります。花色も赤、ピンク、白や複色のものなど豊富ですが、黄色や紫はありません。優美な姿とは裏腹に性質は強く、一度植えるとこぼれダネで毎年ほどほどに庭のあちこちから芽を出してきます。 アイスランド・ポピー(Iceland poppy : Papaver nudicaule)はシベリアヒナゲシとも呼ばれ、北半球の高緯度寒冷地に広く分布している種類で、改良された園芸品種は野生種よりもかなり大きく、花色も豊富で華やかなものになっています。細い花茎が枝分かれせず長く伸びて途中には葉がつかず、見かけによらず強くてしっかりしているうえ水揚げがよくて、温暖地やビニルハウスなどで栽培すると2月ごろから長いこと次々に咲くので、切花として利用されています。当然寒さにも強く花壇植えにももちろん利用できます。 |
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